今日は「豊饒の海」最終巻の「天人五衰」についてです。


この巻は読み進むにつれてどんどん話が汚くなるというか、残酷になるというか、つらくなっていくのでちゃんと読み込めていないです。というより、理解ができない。理解ができないのにあらすじを書くのも気がひけますが、何とか書きます。
「理解できない」ことに対して、私に有利な言い訳をするとすれば、やはり当初の予定ではまだまだ連載が続くはずだったものが、1年も早く終了してしまったこと。また「天人五衰」を書き終えた日は1970(昭和45)年11月25日。つまりこの日は三島の命日です。書き終えた朝、編集人に原稿を手渡した後、三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に出かけ、総監室を不法占拠、益田総監を人質に自衛隊決起の演説をぶちます。演説に対し野次を飛ばされたことに愕然として、割腹自殺を図って死んでしまいます・・・・・。「天人五衰」を書いているころ(もっと以前からかもしれませんが)の三島の精神は、よもや私の理解など超えているところにあったとしか私には思えません。そんな作家が書いたもの、どうして私に理解なぞできましょうか・・・。


天人五衰」。天人といえば不老不死と思われがちだが、そんな彼らにも命終の時がくる。五衰には大小二種があり、かいつまんでいえば、彼らがどんどん衰えていく様が枚挙されている。「小の五衰」のうちならまたもとに戻ることも可能だが、「大の五衰」にすすんでしまうともはや終焉のときを待つしかない・・・・というもの。仏教の教えです。
天人だった者たちが華やかに生をうけていたころ。衰えていく最中。最後に命終を迎えたとき。その折々で彼らの立場はうつろいかわっても、彼らの生きていた場所、活躍した場所は何らかわることなくきらびやかに何事もなかったように存在している・・・・。なんという残酷な事実。


本多繁邦は76歳になっていました。妻は亡くなり、火事で燃えてしまった別荘の隣人だった久松女史と「秘密を共有する仲」として戦友のような友情で結ばれています。彼らの間にあるものは愛情などではなく、「輪廻転生の秘密」「覗きをする老爺」「同性愛の老婆」の秘密です。

そんな彼らは久松女史の気まぐれで静岡県三保の松原へ天女の羽衣伝説(天女=天人です)の松を見に遊びに行きます。そこで偶然入った灯台で働く美少年を見るや否や、本多は彼の中に「自分と同じ資質」を見抜きます。長年「人生の傍観者」を続けた挙句に身に付けてしまった様々な「悪」。それと同じものが少年の内部に宿っていることを直感的に見抜いてしまいます。それなのに、その少年にはこともあろうに「三つのほくろ」が左脇腹に燦然と輝いていたのです。それだけでなく生年月日もジン・ジャンが死んだであろう頃と一致していました。
今までの本多だったら、きちんと調べてからにしたでしょう。ですが、ジン・ジャンの死んだ日は正式にはとうとうわからずじまいだったのにもかかわらず、なんと「三つのほくろ」と「だいたい日が合う」というだけで本多は灯台の美少年〜安永透といいます〜を彼の養子にしてしまいます。何でそこまで急いで養子にしなければならなかったのでしょう・・・・。そのわけは輪廻転生の秘密をつきとめたかったからです。松枝清顕の予言、彼の書いた夢日記。清顕の予言と夢日記通りに出現した飯沼勲。そして、勲のうわごと、清顕の夢日記通りにあでやかな姿をあらわしたジン・ジャン。彼らは皆20歳で亡くなっているのです。
このとき出会った安永透は16歳。後4年たって彼が死ねば「生まれかわり」であるわけです。もう自分は年をとり、さらに24年後(透の残りの4年+透が転生するであろう者の20歳の生涯=24年ということです)の転生はみられない。いまさら詳しい調査をして「ジン・ジャンの本当のうまれかわりかどうか」確かめる気力もない。それでは、「ほくろ」は完全一致、「誕生日」はほぼ一致の透にかけてみようではないか・・・・・。

本多は輪廻転生の秘密をつきとめたかったのは確かですが、何も透が死ぬのを見たかったわけではありません。反対に、自分が聡子を連れてこれなかったことで死に追いやった清顕、弁護には成功したけれど人生を救済することができず死に追いやった勲、自分の思いを伝えられず、誤解されたままでいつしか不可解な死を遂げてしまったジン・ジャン・・・・。透は彼らと身体の同じ場所に3つのほくろを持っています。今回こそ「20歳で死ぬ」運命を断ち切ってやりたいと思ったからです。

「本多と同じ悪」を内部に潜めた美少年、安永透はなかなかしたたかな青年でした。そもそも彼は自分の美貌、知能の高さ(IQ159!)、そして「三つのほくろ」を矜持していました。このめずらしいほくろが「選ばれし者」の印だと考えていたのです。ふらっとあらわれた見ず知らずの老人が自分を養子に欲しいといったのも自分が「選ばれし者」だったから当然だというわけです。本多がそんな彼の矜持を見抜いた上で養子にとったことなぞは気付きもせずに。本多が透が襲われるかもしれない運命から彼を守るために養子にとったことなぞは考えも及びもせずに。

彼は本多邸にひきとられてから英才教育を受け、どんどん磨かれていきます。磨かれていくたびに要求もエスカレートしていきます。本多はそんな彼を軽くいさめながら育てていきます。そうこうするうちに透(と彼が引き継ぐ本多の莫大な財産)を目当てに上流家庭の女子の親からどんどんお見合いの話が持ち込まれます。透はこともあろうに「本命の女子」を言葉巧みに罠にはめ、自分と婚約破棄をせざるを得ない状況に彼女を追い込み、破滅させます。しばらくして本多は透に「お前が彼女を破滅に追い込んだんだろう」と、長年人生の傍観者を務めてきた者ならではのするどい指摘をします。その刹那透は本多に殺意を覚えます・・・・。

満20歳の春、東大に入学したころから透は本多に暴力をふるうようになります。最初は素手でしたが、このごろは暖炉の火かき棒でなぐりつけます。そのたびに「転んだ」とうそをつき病院へ通う本多です。透は周囲の人たちに気取られぬよううまくたちまわり、そのうち「金持ちでごうつくばりで最近ボケてきた頑固なくそじじい」を「身寄りでもないのに親身に介護するとても気立てのいい青年」役を演じます。
年末も近づいた頃、本多はこともあろうに「覗き」にでかけた公園で警察につかまり、新聞沙汰を起こしてしまいます。今まで築き上げてきた名声はもろくも崩れ、世間の評判はがた落ちです。
そんな年のクリスマス、久松女史から透宛に招待状が届きます。透は久松女史のことがはじめてあったときから嫌いでしたが(憎んでいたといったほうが正解)、へりくだった文体の招待状に満足し久松邸にでかけます。しかし、久松邸には他の客は来ていませんでした。招かれたのは透ただ一人。「何かの陰謀か罠か?」と怒る透。それに対し「今日はあなたに秘密を教えて上げるためにお招きしました。その秘密とは、少なくとも私があなたにばらしたと本多さんが知ったとしたら、まちがいなく本多さんは私を殺すことでしょう。それくらいすごい秘密です。といってのける女史。透はひるまず聞くことにします。ただ、すぐに耳を貸したことに後悔することになります。

「そこらへんの馬の骨のあなたをひきとったわけは”三つのほくろ”があったからよ」と暴露する女史。当然透は驚きます。「三つのほくろ」は自分しか知り得ない、他の俗物とは違うということの印であるのに、それをこのくそばばあが知っている!!!そんな透に久松女史は語りかけます。美しい転生のこと、ジン・ジャンの正確な死亡日時がどうしてもわからずじまいであること。でもそんなことはどうだっていい、あなたは絶対贋物だわ!と。
透は怒り心頭です。そんな彼にたたみかけるように女史は言います。
今度のあなたの3月のお誕生日までにあなたが死ななければあなたは贋物だったわけよね。でもそれを待つまでもなくあなたは贋物。なぜなら今までの3人には「死んだら惜しい」と思わせる何かがあった。それがあなたにはない。わたしはあなたの長生きを保障するわ。とても3月までに死ぬ運命なんかにあるとは思えない!。松枝清顕は思いもかけなかった恋の感情につかまれ、飯沼勲は使命に、ジン・ジャンは肉(=愛欲、本能)につかまれていました。あなたは自分は人とは違うという何の根拠もない認識につかまれていただけなのよ。

久松女史も火かき棒で殴ってやりたいと切に願った透でしたが、なす術もありません。そして・・・

透は服毒自殺を図ります。自分が「選ばれし者」であるためには「20歳のうちに死んで」しまわなければならなかったからです。
透は失敗し、毒のために失明してしまいます。彼はやはりただの俗人だったことがこれで証明された訳です。本物はどこへ生まれ、どこへ消えていったのでしょうか。今となっては確かめるすべもありません。透は生ける屍となります。末路は悲惨なことでしょう・・・・。本物は消え、贋物は破滅の道をたどる。それでも世界はかわらずまわっていきます。

最後に本多はすべてを確かめるために、奈良で出家した聡子を60年ぶりに訪ねることにします。81歳となり、足腰は弱ってしまいましたが、清顕がそうしたように、山の下から一歩一歩階段を上り、山門へと歩んでいきます。
そうして出会った聡子が発した言葉は、本多の60年を打ち砕くものでした。本多は耳を疑います。聡子は「松枝清顕なんてお人は知りません」と言ったのです。

聡子が本当のことを言っているのか、本多をさとすために本当ではないことを言っているのか、私にはわかりません。ただ、「春の雪」では聡子は清顕とある会話をしています「君はのちのちすべてを忘れる決心がついているんだね」と尋ねる清顕に対し聡子は「ええ。どういう形でか、それはわかりませんけれど」と言っているのです。だとすれば本当に忘れてしまったのかも・・・。

執拗に問うた挙句に本多は思わず叫んでしまいます。「清顕くんがいなかったとすれば、勲もジン・ジャンもいなかったことになる。ひょっとしたらこの私ですらも・・・」と。そのとき聡子は本多を見据えて「それも心々ですから」ときっぱりいい放ちます。
本多は思いました。とうとう記憶もなければ何もない境地にまで自分は来てしまった・・・。



どうです?わかりにくいでしょう。私にはちんぷんかんぷんです。最後の最後でこんなに謎をかけられて放り投げられてはたまったものではありません・・・。

豊饒の海」は平安時代の夢物語「浜松中納言物語」を典拠にしているそうです。この物語も唐土と日本を行き来する夢と転生の物語。今から400年ほど前に本が散逸してしまい、敗戦直後に再度まとめられたものが出てきたという、とても不思議な物語です。一度読んでみたいものですが、現代語訳がでてないから無理でしょう・・・。

長い間お疲れ様でした。明日からはフツーのくだらない話にもどります!人気ブログランキングもよろしくです

ちんぷんかんぷん。それに読んでいるうちに安永透を絞め殺したくなるくらい腹たちます。

天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

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