久しぶりにディック・リーのCDを聴きました。


ディック・リー。この人の名前を聞いて何してるかわかる人は私と同じオタクです。彼はシンガポールのシンガーソングライターです。いわゆるシンガポップといわれるジャンルの歌手。英語(シングリッシュといわれる独自の英語)・中国語(標準語だったかな)・マレー語・ヒンズー語をミックスして歌ういかにも多民族国家シンガポールらしい歌手です。

私は、大学時代に単位のためにインドネシア語を2年勉強しました。言語というのは寒い地方に行くほど文法が難しくなり、暖かい地方に行くほど文法が簡素になる傾向があります。てなわけで、赤道直下のインドネシア語はロシア語なんかに比べると信じられないほど文法が簡単です(というわりにはマスターできなかったんだけどね)。なまけものの私にはうってつけでした。で、せっかく2年勉強したから・・・というわけで卒業旅行はシンガポール・バリへ!(何年前の話だろう)。シンガポール公用語にマレー語というのがありますが、マレー語とインドネシア語って標準語と大阪弁の違いくらいしかない言語なので英語がしゃべれなくても大丈夫なのです!
その旅行ですっかりシンガポールが気に入り、また行きたいなと思いながら情報収集しているところに出会ったのがディック・リーでした。ためしにCDを買ってみたらはまっちゃいました。来日コンサートがあれば足しげく通っていたけど、何年か前にポンキッキーズに「シャナナソング」という曲を提供したのを最後に私の中では音信不通だなあ。元気にしてるのかしら。
ちなみに、この旅行以来シンガポールには行けていません・・・・。がっくりです。


彼はシンガポールの中でもめちゃくちゃお金持ちのおうちに生まれたそうで、ものすごい豪邸の一軒家に住んでいたそうです。小豆島くらいの大きさしかないシンガポールという国では国民のほとんどは高層住宅に住んでいます。国土がわずかなこの国で「一軒家に住む」ことだけでもすごいことなのにその修飾語に「豪邸の」がつくんですよ。すごいことです。
お金持ちなのでさくっとイギリスで教育を受けるべく留学に行きます。そこで黄色人種ならではの悲劇、人種差別を受けます。シンガポールではちやほやされていたのにイギリスでは下に見られる・・・。すごいショックだったことでしょう。それでも頑張って高等教育を受けた後、親のあとを継ぐべく帰国してみると、イギリスとのカルチャーショックが彼を待ち受けます。帰国したことだし、これからは愛国心をもってシンガポールで暮らしていくことを求められながらも、長年のイギリス暮らし、差別を受けたことでより一層イギリスにとけこもうと努力した結果、心はすっかり白色人種・・・。シンガポールのすべてに違和感を覚えてしまう彼・・・・。
そこから立ち直るべくかれが選んだ道は「自分はバナナ」として生きること。つまり皮は黄色。でもその中身は白色。食べてみたら誰が食べてもおいしい。つまり自分は見た目と中身は違うけれど、自分自身の本質は誰が食べてもおいしい=世界中のどこでも通用する食べ物=自分は国際人ななんだ・・・・と思うこと。

彼のアルバムはいろいろ工夫があっておもしろいですよ。機会があったら聴いてみて!写真は手持ちのディック・リーのアルバム。あと何枚か持ってるはずだけどどこいったかな?


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画像も出ないってことはアマゾンではヒットしてないのね・・・

マッド・チャイナマン

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これ以外にもあるのに・・・・これも画像なし
エイジア・メイジア

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